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名古屋高等裁判所 昭和44年(ネ)39号 判決

控訴人 山広材木店こと伊藤重宏

被控訴人 井沢光

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴代理人の主張

(一)  控訴人主張の相殺の抗弁における自働債権が存在することは、乙第一号証(判決正本)により推測することができる。これを否定するには、反証により右債権が不存在であることの判断を受けなければならない。

そして、本件相殺の抗弁における自働債権も受働債権も同種の目的を有し、かつ、両債権は弁済期にあるから、相殺適状にあるものである。

(二)  相殺の主張は、その自働債権につき給付訴訟の提起前たると、提起後たるとを問わない。また該給付訴訟の判決確定の前後または判決につき執行力ある正本を有すると否とを問わない。

控訴人は被控訴人に対し乙第一号証の給付訴訟を提起して勝訴判決を受けたが、被控訴人はその債務を履行せずに控訴し、本件受働債権につき本件給付の訴を提起したので、控訴人は乙第一号証で認められた債権を自働債権として対当額につき相殺の抗弁を提出したものであつて、新たに請求の訴えを提起したものではない。したがつて、相殺の勅果を生ずれば、当然右対当額につき乙第一号証の債権は消滅し、控訴人は乙第一号証事件の控訴審において右同額につき請求の減縮を申し立てるべく、また被控訴人は同額につきその債務の一部消滅の抗弁を提出しうるわけである。

(三)  原判決は仮執行宣言付判決に基づく債権を相殺の自働債権として用いるためには該判決につき執行文の付与を受けなければならない旨判示するが、かかる見解は相殺制度の趣旨を根本からくつがえすものである。

ちなみに、控訴人が乙第一号証の仮執行宣言に基づき強制執行の手続をしないのは、被控訴人所有名義の不動産にはこれに対し所有権を主張する訴外井沢俊夫(被控訴人の父)の申請により処分禁止の仮処分がなされており、被控訴人は他に強制執行に適する財産を有しないためである。

(四)  被控訴人の主張事実中、乙第一号証の事件が控訴審において控訴人の敗訴となり、目下上告中であることは認める。

二、被控訴代理人の主張

(一)  控訴人がその相殺の抗弁において主張する事実中、被控訴人が訴外遠藤金次郎と共同して控訴人に立木を売却したことは否認する。被控訴人は同訴外人に立木を売渡し、同訴外人はこれに他の立木を加えて控訴人に売渡したものであるから、被控訴人が控訴人に対しその主張するような損害賠償債務を負担するいわれはない。

仮に被控訴人が控訴人に対し直接立木を売渡したとしても、同売買による立木の引渡は代金の受領と同時に終了しており、控訴人主張の履行不能の事実はない。

(二)  控訴人主張の乙第一号証の判決は、その控訴審たる名古屋高等裁判所昭和四三年(ネ)第七六七号事件につき言渡された甲第一号証の判決により取り消され、控訴人の請求は棄却された。控訴人は右判決に対し上告をしたが、乙第一号証の認定した債権は現段階においては存しないとみるべきである。

三、証拠〈省略〉

理由

一、被控訴人主張の請求原因一項および二項の事実は当事者間に争いがないので、控訴人は被控訴人に対し本件杉素材代金三〇万四七五五円の支払義務を負担していることは明らかである。

二、そこで、控訴人の相殺の抗弁について判断するに、控訴人は、その主張する損害賠償債権につき、昭和四二年九月二九日名古屋地方裁判所豊橋支部に被控訴人および訴外遠藤金次郎を相手取り損害賠償請求の訴(同支部同年(ワ)第二一二号事件)を提起し、昭和四三年九月三日控訴人の一部勝訴の判決があり、相手方である被控訴人らから名古屋高等裁判所に控訴の申立(同裁判所昭和四三年(ネ)第七六七号事件)がなされたところ、昭和四四年一〇月二四日原判決中相手方である被控訴人ら敗訴部分を取消して控訴人の請求を棄却する旨の判決があつたので、今度は控訴人から最高裁判所に上告の申立(同裁判所昭和四五年(オ)第七六号事件)がなされ、昭和四七年五月三〇日原判決を破棄して同事件を名古屋高等裁判所に差し戻すとの判決があり、現に当裁判所昭和四七年(ネ)第三一四号事件として係属中であることは、当裁判所に顕著な事実である。

そうすると、控訴人は、右事件の訴訟物である債権を自働債権として、同一人間の訴訟である本件において相殺の抗弁を提出するわけであるが、相殺の抗弁について判断がなされると、相殺に供した債権の成立または不成立の判断は相殺をもつて対抗した額につき既判力を生ずるので、同一の債権が同一の範囲において二個の独立した判決により成立または不成立につき相互に牴触する判断がなされる可能性があるばかりでなく、訴訟経済上も無益なことであるから、民訴法二三一条の重複起訴禁止の法意に照らし、右規定を類推適用して、控訴人の本件相殺の抗弁は不適法であつて許されないものと解するのが相当である。

なお、控訴人は、本件において相殺の効果を生ずれば、前記事件において、控訴人は請求の減縮を申立てるべく、また被控訴人は債務の一部消滅の抗弁を提出し得るわけであるから、不都合はない旨主張するようであるが、たとえ右のような処置がとられたとしても、本件の判決が確定しない以上は、本件において相殺に供した債権の成立または不成立につきなされた判断が、前記事件でなされるべき判断を拘束するものではないから、先に述べた判断の牴触という可能性はやはり回避し得ないので、控訴人の主張は採用し難い。

したがつて、控訴人の相殺の抗弁はその余の点を判断するまでもなく採用できない。

三、よつて、控訴人に対し金三〇万四七五五円および右金員に対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年一〇月一四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであるから、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村義雄 塩見秀則 寺本栄一)

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